Background

 

 

1972年
17歳
HAWAIIへ

地元湘南の先輩のつてによってディック・ブルーワーに会うことができた。
のちに、自分の大先生になる人との最初の出会い。

ハワイ行きの前にその先輩から
「もしかしたらオーダーを受けてくれるかもしれないぞ」と言われていた。
その人はブルーワーとコンタクトした最初の日本人だとも聞いていた。

この時のハワイ行きは、鎌倉の仲間や先輩達8人位のメンバー。
この頃円は、1ドル300円はしていたと思う。旅費は今に比べてまだまだ高かった。


Photo: North shore, Oafu, HAWAII 1972 / Me & Brewer-7'2"

 

Vol.1-1 始まり


ハワイに着いて数日後のある日。
先輩の案内で、
ついにメインストリームのドまん中に連れられてきた。
目の前に本物のミスター・ブルーワーが居る。動いてる、しゃべってる!
『SURFER』などの輸入誌でしか見たことのない超大物……。
興奮で、心臓の鼓動はバクバク状態で、全身の血がハイスピードで駆け巡った。
とにかく、先ずは一所懸命シェイプを頼んでみよう、・・・それだけを考えていた覚えがある。

今でこそ「レジェンド」という表現で呼ばれるブルーワー先生だが、この頃はまだ30代半ば、
伝説っていう存在ではなく、若く最も時代の先端を行くサーフボード・デザイナーだ。
取り巻くメンバーもライダー達もすごい面子ばかりだった。
ジェリー・ロペス、リノ・アベリラ、オウル・チャップマンにサミー・ホークといった面々。
多くの人々がその才能に一目置いていた反面、革新的過ぎると言って、年長者の中には恐れたり煙たがる者もいた。
何れにしても、時代の先端へ、まさにトップへと上り詰めているという頃だ。
ブルーワーシェイプのボードはトップサーファーでさえ中々手にできない状況にあった。

「OK、シェイプしよう」

この言葉をもらった時、にわかには信じられなかった。
確かに紹介があるから、もしかしたら・・・という気持ちはあったけれど、それでも半信半疑だったし、
たかが17歳のアマチュアサーファーに本当にシェイプしてくれるのかなぁって・・・。
だから、もう心の中では「おおぉっ〜やったぜっ!」と叫びまくった最高な瞬間だった。

ブルーワー本人は、こちらのそんな雰囲気を まったく気にも留めずに、
通訳をしてくれた先輩の彼女を介して、当たり前のようにいたって普通に質問してきた。

「で、長さはどうするんだ?」

「あっ〜はい、7' 2"でお願いします」

「お〜!セミガンか?それならダイヤモンドテールがいいな。 で、体重はいくつだ?」

通訳を介してこんな会話が続き、自分の体重を伝えた後は、もう全てお任せ。
最後にボードカラーを聞かれた。

「ところで色はどうする?」

「はい!サミー・ホークがパイプラインをボトムターンしているのと同じ色、あのスカイブルーでお願いしますっ!」   即答した。

日本を経つ前に既に決めていたカラーだ。もしも本当にオーダーが実現したら、必ずあの写真と同じでって言うんだと。
その言葉にミスターブルーワーは、ゆっくりと「O〜K〜!!」と言ってくれた。
そのチョイスは最高だぞ!って感じで親指を立ててにっこりと笑っていた。
ほかの話も終わって帰る別れ際に滞在日数を聞かれ、「君が日本へ帰国する日までには仕上げるよ」という約束をしてくれた。
もう、天にも昇る感じだった。こんなボーイにもとても優しく接してくれた。それに何てったってシェイプもだ!

その約2週間後にファクトリーを訪ねると、手が離せずでしばらく待たされたあと、そこに出てきたボードは、
頼んだ通りの紛れもなくサミー・ホークと同じスカイブルーのセミガン。ダイヤモンドテール!
まだ仕上げが終わったばかりという雰囲気が漂っている。
それが日本への帰国の前日だった。

そのままボロ車のラックに載せてホノルルへ向う。
渡された時もエアキャップなど当然無し、裸のままだし、
樹脂の匂いがまだプンプンしてたから、車の振動で凹んじまうんじゃないかエラく心配だった。

でも何となく、この大らかなやり取りがアイランドスタイルってやつなのかなって感じた。

いずれにしろ間違いなく最高の1本ができあがってきた。
デカールが小さくひとつ、パドルする時の胸の位置、そう、心臓の場所に入っている。
オーラがすごくて、ビシビシとスピリッツが伝わってくる。

車の助手席で俺は、屋根の上のまだ乗ってもいないボードに様々な思いが交差して、
スペシャルな予感とエネルギーを感じて胸が一杯になってきた。

 

翌1973年の台風シーズン。
その日、稲村インサイドは 6〜8フィートプラス。
コンディションも最高な日で、大きく弧を描いて落ちてゆく迫力あるチューブを巻いていた。

その日、海に入っていた中で一番いい波を捉えた。セットの8フィートプラスの波。
今まで経験した事のないような素晴らしいドロップがきれいに決まった。
それは、いつもならパーリングしてしまうような掘れ上がる波だった。
降るようなテイクオフのあと、レールがしっかりとフェイスに入り、流れるように降りてゆく。
一気にボトムに降りると、あとはもう無我夢中であらん限りの力を入れて深いターンをした。
それとほぼ同時に、大きくリップがはるか上を越えゆきチューブに包まれて行った・・・・・。

前は壁のようなそそり立つフェイス、トップは視界に入らないくらい上の方だ。背後ではリップが怒涛のごとく炸裂する。
それまで乗った稲村インサイドの波の中でも最大級のチューブ。
出口一点を見つめると、狙った様にその一点に向かって最速のスピードで駆け抜けた。

波、ボード、チューブ、全てが調和した瞬間。

スピッツと共にチューブから抜けると、しばらくは放心状態だった。
目の前に浮かぶブルーワーシェイプ…。
サーフボードがこんなにもサーフィンを変えてしまうことに本当に驚いた。

この日のサーフィンをきっかけに「シェイプ」に対して大きな興味を抱くようになっていった。

 

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